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2017年4月 透析をまだしたくない


1999年(平成11年)11月24日の夕刻、やせ型、顔色褐色、80歳、細身の男性が見えた。尿酸値上昇、腎臓が悪い、狭心症様の痛みもあるので「ニトロール」をもらっている。医師から「透析」と言われた。まだしたくない、なんとかならないか。
身長165cm、体重63kg、左の片腎は御子息に提供、右腎が残っている。話を伺っていると、なんと、この人“ノモンハン事件”の生き残りであった。「よく生きてかえられましたね!」、「あんな馬鹿な戦争はありませんよ!」、この人はキッパリと切り捨てた。初戦の時、高熱が出て、朝鮮の北部、現北朝鮮の北部にある野戦病院へ後送、一命をとりとめた、といわれた。“幸運の人”である。なんとかしてあげなければと、考えた。その時、漢方処方30日分と、ミネラル・亜鉛を含んだカキ肉エキス錠を差し上げた。毎月見えた。4ヶ月たった。はじめ”土色“をしていた顔色が、ずいぶんと良くなってきた。近所の人も、「この頃、顔色が良くなられた」と言ってくれる、本人がまず”喜んだ“。初めて来ていただいた時、11月の末、帰られる後姿を、私は道路に出て見送った。駐車場はあったのに、本通りの西側の小すじに自家用車が止まっていた。折しも、暮れなずむ秋の夕暮れ、雲のすき間から、一瞬、一条の光が差す。”逆光のシルエット“去りゆく”この人の後姿“を”後光“が包んだ。瞬間、この人は助かると想った。そして、なんと、10年間、元気で、毎月のように、鹿児島へ来ていただいた。そして、10年たった。そろそろ「透析をしようと思う。」「そうですね。」そうして頂いた。当時用いた漢方の処方は、7種類あった。はじめ、「柴○○湯○○○」から始まって、少しずつ変えていった。専門的なので、処方名は省く。「カキ肉エキス製剤錠」と「アミノ酸製剤」は最初から、最後になって、ストレスを去る牛黄製剤、薬用人参製剤を加えた。

「水に棲む蛙の声」瀬尾昭 著 より

セオ薬局代表取締役 漢方薬・生薬認定薬剤師  瀬尾昭一郎