相談例集

2025年10月「和人参」

和人参(わにんじん)を知る人はほとんどいないと思います。字の通り日本に自生している日本の「人参(薬用人参)」です。類似植物では、「朝鮮人参(あるいは高麗人参、オタネニンジン)」を御存知かもしれません。古くは平安時代から和人参らしい植物の記事が見受けられるようですが、はっきり記録に残っているのが江戸時代からです。薩摩藩は『三国(さんごく)名勝(めいしょう)図会(ずえ)』という、薩摩、大隅、日向の寺社、産物、自然の名勝、旧記、伝記等を詳細に記録した書物を作っています。これによると、「・・此地此方の人、いまだ和人参を知らざりしに、欽(きん)吉(きつ)始て是を梶山の山中に見出し其の功を称す。是れに於て当地、人参を採ることを知り、漸々大に行われるという。和人参は世に薩摩人参と云者なり・・」とあります。文中の「欽吉」とは、「一官何欽(いっかんかきん)吉(きつ)」の事です。彼は広東省潮州澄海県の漢方医で、明末の乱(中国明の内乱)を避けるため、一族船を出し、内之浦に入津、都城の唐人町に住まわされこの地に帰化し、前文のように和人参(薩摩人参)を発見、当地には特に多く産し上品であった・・と同記録にあります。唐人町などの「唐」のつく地名は各地で見られます。当時積極的に中国の先進文明を取り入れる目的で、易学者や医師などの知識人などを住まわせ藩の行政に役立てたわけです。都城市の繁華街に中町がありますが、その昔中国からの移民の子孫が栄えた街並み唐人町でした。何欽吉の発見した人参は、竹(ちく)節(せつ)人参(にんじん)(トチバニンジン)の仲間であることが解っています。江戸期の専門書には、髭根部分の使用を特にすすめ、薬効を褒めており、和人参あるいは薩摩人参というブランド名で、他の地域の竹節人参と区別した記録が目につきます。(小野(おの)蘭山(らんざん)『本草綱目(ほんぞうこうもく)啓蒙(けいもう)』)最近の成分分析研究では、この髭根の成分が朝鮮人参の主成分(ジンセノサイドRg1 Re Rc Rb1)と同じであることがわかってきました。

 

セオ薬局代表取締役 漢方薬・生薬認定薬剤師  瀬尾昭一郎